絵について

型にはめるより自分でその型を作るって思っていままで書いてきた訳だけど、でも逆に型に嵌めてみたらなんだろう?とふと思ったの。
わたしは主軸があって初めて逆説的に考えることも大好きです。何故なら、それからいろいろな理解や解釈が広がるから。
新しいものを常に見つけたい。

‪わたしがいままで描いてたシンプルな絵についてなのだけれど、“ミニマル絵”とわたしは勝手に呼んでいます。

わたしなりの理論や哲学がそこにはあります。まず、わたしは絵をみてくださるひとのことをお客様と思っています。そしてそれは、たまたまわたしの絵を見た人も含みます。例えばツイッターで流れてきたとか。
そのお客様の人生のなかの1秒がわたしの作品を見ている。大変なことです。
だから、わたしは敬意を持って絵を描きたいんです。
そして、見たひとを不快な気持ちや悲しい気持ちに絶対させたくないんです。
わたしは絵に込めた気持ちや感情は人に伝わり伝染すると思っています。
そして、影響力もあると思っています。
どれだけ良いことをしても、悪いことと取られることは沢山あることを知っています。
でも、だからこそわたしは責任が取れるものしか生み出したくないんです。
そう考えたら、描いている間もその哲学やもちろんビジュアルも見易く洗練され削ぎ落として行きたい。空気のようになりたいんです。空気だから作品が買われることは無いかもしれないけど、敢えてその空気を大切に捉えられるお客様に買っていただければ本望です。
そんな哲学を携えていることを考えると、ミニマリズムと言えると思います。
だから“ミニマル絵”と名付けたのかもしれません。

虚無や退廃さのある退廃主義でもありますが、それ以上にコンセプチュアルであることにわたしは意味があると思っているのです。
ただ絵を描くだけでももちろんその人の哲学は見えてくるものですが、わたしは敢えて提示しておきたい。安心してアートができるように。そして、安心してアートを見ることができるように。
作品と、お客様と、わたし自身に対しての敬意です。

フィロソフィーやイデオロギーはわたしが生きる上、制作の上ではかなり重要なのです。
自分の人生や取り巻くものを蔑ろにはしたくない。いつでも、真摯で居たいです。

だから、絵柄が変わるものはもしかしたらアカウントを変えてひっそりやるかもしれません。

そして、当然生きていく中で考え方が変わることはよくありますよね。それがアイデンティティだと思って意地を張ってしまったり、悪だと思ってしまうことがあります。
でも、それは本当は恥ずべきことではありません。自分が変わってしまったわけではありません。常に変わるものです。
寧ろ、変わらなければならない。
変わっていくことは悪いことではありません。作品を通して、生活を通して、作品と共に成長をしていく。
成長しない自分はつまらない。だから向き合っています。作品にもそれはもちろん出るのです。

作品には今、生きてきた分の(もう26年分になるのか)自分の人生の全てが詰まっています。

──それに、どれだけの価値を付けるのか。
──どれだけの価値を付けてもらえるのか。
作品は、表現は、大切なわたしなのです。

芸術家だけではなく、人間は常にアップデートをしていくものです。
ですが、根本は変わらないものです。

作品を通してお客様に新しい価値観や想いを提案できたらと思います。

長くなりましたが、これからの絵を楽しみにしてください。
そして、絵を買ってください。
いつでもお待ちしています。

Tsu白ma yuko
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potsura.

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思うことをぽつら、ぽつら。 小説のような、日記のような ぼくの淡い日々と哲学と本音。

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